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同窓生インタビュー

<2004年秋>
足立悠佑さん NIC第14期生 広島県立広島井口高校出身
カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校 ラジオ・テレビジョン学部

きびしかったNICでの1年間
 〜大切なステップを踏むことで乗り越える人生の壁

◆日本人会会長として

「来年、映画祭を企画してるんです。日本人留学生はもちろん、日本語の映画を作っているネイティブの学生からも作品を募ります。みんな作品を作るからには発表する機会が欲しいだろうし、日本文化の紹介にもなると思うので、いいと思いませんか?」
どっしりした風貌で快活にそう語る足立さんはSFSUで映像製作を学ぶ傍ら、日本人会の会長も務め、多忙な日々を送っている。
「日本人会のメンバーは250人ぐらいです。他大学と一緒にバーベキューをしたり、学内のフードフェアで日本食を売ったり、いろんな活動をしてますよ。でも何か物足りないというか…。もっとしっかりした形にしたいんです。映画祭の企画もその一環ですね。」
北野武、宮崎駿、渡辺謙、…。海外の映画祭で日本人の活躍が目立ち始めてきている今、ぜひ実現してほしい。
「そういえば最近、ものすごく苦労してようやく大学から予算がもらえたんです。100ドル。」
「100万円?」
「いえ、100ドル…」
「…」
映画祭実現に向けて、茨の道が待っていそうだ…。
でも足立さんは自信を持っている。
その裏には、NIC時代に1年間過ごした東京での苦い経験があった。

◆必要だった渡米前の東京での挫折

「こっちに来てから何が一番たいへんだった?」そんな質問に、足立さんは即座にこう答えた。「一番苦しい思いをしたのはNIC時代ですよ。あの頃に比べたら、どうってことないです。」「勉強が?」「いえ、なんと言うか…、僕は広島出身なんですけど、東京に出てきて突然世界が広がって、自分が何をしていいのかわからなくなったんです。寮の部屋の中にいるのが安心で、一人で塞ぎこんでいた日々がありました。ちょうど2学期の頃でしたけど、本当に『人間、ここまで落ちれるんだ』というぐらいでしたね。」
実際、カウンセリングでは「このままだと修了も渡米もできない」と言われたという。でもなんとか立ち直り、3学期には「これ以上ないくらい」がんばって、無事に渡米までこぎつけた。
「NICにはお世話になったというか、迷惑をかけたというか…(笑)。でもあの経験があるから、いまはどんなに苦しいことがあってもがんばれるんです。あと、東京で過ごすことで視野が広がったという面も大きいですね。」
地方出身者にとって、渡米前に1年間を東京で過ごすことの意味は想像以上に大きい。地方の価値観だけでアメリカを感じるのと、東京も知った上で感じるのとでは、わけが違うからだ。そのステップのあるなしで、渡米後に得るものにも雲泥の差が出るといっても過言ではない。
「あんまりこのことを言う人はいないけど、みんな多かれ少なかれ感じていると思いますよ。」

◆シネマ・フォトグラファーになって残したい風景

こっちに来てからは順調という足立さんは今、シネマ・フォトグラファーを目指している。映像制作の現場を取り仕切る役割も持つカメラマンのことだ。
「岩井俊二監督の映画をよく観るんですが、その撮影を担当している篠田昇さんの映像が好きなんです。2次元を極限まで3次元に見せるところとか、奇をてらってるけどギリギリの線で止めているところとか…。僕もそんな技術をマスターして、いろんな『風景』を残したいですね。記憶はシェアできないけど、映像はシェアできますからね。あと、岩井監督がうまい『空気の作り方』もマスターしたいです。『あー、俺もこんな経験ある』と思わせるマジックとか、当たり前のものを映しているのに何かを伝えるテクニックとか…。」
足立さんはまた、日本に関わる映像を撮っていきたいという。日本の外で学ぶことで、初めて見えてくる日本のカタチ。アメリカで学んでいるのも、別にアメリカ映画が好きなわけではなく、最先端の技術が学べるからに過ぎない。
「こっちに来てから、いろんな考えがあることもわかりましたね。自分の『当然』が当然じゃないことも。将来の映像作りにすごく役立つと思います。」

◆勉強は相変わらず嫌いだけど…

「去年の夏、日本に帰って高校の先生に会いに行ったんです。びっくりしてましたね。『日本の大学に行ってたら、こうはならなかっただろうな』と感慨深げでした。」
でも、実は足立さんにとって勉強はいまだに苦痛以外の何物でもない。
「とにかく机に向かうのが好きじゃないんです。ほんとに。でも映像の授業だけは面白い。だから頑張れる。もともと映像を学ぼうと思ったのは、高校時代にイギリス人の英語の先生と一緒に高校紹介ビデオを作ったのがきっかけなんです。すごく面白かったんです。それで、はまってしまって、今ここにいる。希望が叶っていて、本当に充実した毎日ですね。」
日本人会会長として、今ではベイエリア全体を巻き込んだ映画祭を企画するまでになった足立さん。それは東京で乗り越えた挫折と、アメリカの『とにかく、やってみよう!』という雰囲気に後押しされているように思える。今はまだ『100ドル』かもしれない。でも何事もステップを踏むことで、強くなり、大きくなっていく。地にしっかり足を着け、前を向いて歩いていれば、サンフランシスコの穏やかな風が必ずラックを運んできてくれるだろう。

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