大阪校での1年は、本当に本当に濃ゆい1年でした。

後列右が駒澤さん。

駒澤 椎さん (こまざわ しいな)

Minnesota State University MankatoBS in Dance, minor in Art Studio

NIC大阪校 第5期生 / 北海道登別明日中等教育学校出身

2021年5月に、ミネソタ州立大学マンケート校ダンス科を卒業。現在は、地元北海道に戻り、イオン北海道株式会社で活躍中!

目次

現在のお仕事について教えてください。

地域に根差したスーパーで、サービス業務全般に従事しています。
仕事を始めた一番の決め手としては、自宅から近くて通いやすかったことが正直な理由です。というのも、ひとつ前に働いていた職場がアクセスが悪い上に通勤時間が長く、ストレスの一因になっていたので再考した結果です。他の主な理由としては、食料品や生活費需品を扱うので、どんな状況になろうとも絶対に必要な仕事である、と感じたことが大きいです。


今の仕事内容を顧みたときに、”助けが必要な誰かの支えとなる”、”周りを観察してそのとき最善の行動をとる”、”効率的に素早く正確な作業を行う”、”自分の持つ知識を後輩へ教える”、”他の人が仕事を進めやすくなるように立ち回る”等々、自分の習慣や得意とする動き方が活きている場面がたくさんあります。相手の年代とテンションや温度感に合わせて会話したり、表情や空気を感じ取って再度確認してみたり、自分の感覚的なことが対応の仕方のヒントになることも多く、上手くいったときは嬉しいです。


最近では新人教育を任される場面が少しずつ出てきていて、個人それぞれの性格的な面や能力に適した教え方を模索したり、何かあった時に相談しやすい空気づくりを意識したり、自分自身の仕事をこなす以外の側面に気を配ることも多いです。いろいろな役割を任せてもらえることは、嬉しい反面それ以上に無意識のうちにプレッシャーになってしまうのも悩みどころで、自分の能力や展望に対しての、頭と心の容量の少なさにギャップを感じることが日常茶飯事です。


そもそも昔から逐一いろんなことを熟考する性格ですが、コロナ渦以前と以後では、仕事もとい住む場所や生き方など、自分の中で何を大事にしていきたいか?について特によく考えるようになりました。まだまだ脳内でこれからのことを妄想し思索し悩んでいる真っ最中です。

NICでの思い出を教えてください

力をつけよう!英語を伸ばそう!よりも、NIC入学イコール海外進学とまっすぐ考えていました。漠然と、面白そうだった、ホームページや分厚いパンフレットが輝いて見えた、何か珍しく他の人とは違うことがしたかった、学部を決めて大学受験したい気持ちもそれへのわくわく感もなかった、もう少し詳しく考えると、やりたい分野を絞れず全部やってみたかった、パンフレットに載る先輩たちの体験談がうらやましかった、高校の修学旅行で訪問したアメリカの高校での居心地が不思議ととても良かった、海外特有の柔軟な教育制度に惹かれた、等々...まとめると、やりたいこと全部やってみれる環境に飛び込んでみんなと違うことがしたい!だったかもしれません。入学当初は、これが学びたい!など具体的なことは全く定まっていなかったです。むしろいろいろあるから入ってからはっきり見つけようという気持ちでいました。

大阪校での1年は、本当に本当に濃ゆい1年でした。スタートからまず学生会に立候補したのがひとつめの大きな挑戦で、そこからとにかく何もこぼさないように、捨てないように、と授業なり課題なり学生会なりに取り組んでいたと思います。真ん中上くらいのクラスからのスタートで、次学期には絶対クラス上がるぞ、の気持ちでいました。クラスや学校全体の結束力が強くて、イベントごとはもちろん時間も頭も使う難しい課題も、みんなで励ましあって完成させていく、充実感あるそんな時間がとても好きでした。


学生会が主軸となって運営したイベントがいくつかある中で、東京校と合同で行ったOutingは準備期間が長く当日も忙しかったこともあり、終わってから安堵と嬉しさとおそらく寂しさみたいなものでひとりめちゃくちゃ泣いた記憶があります。イベントが終わるごとに写真をプリントして模造紙にまとめる作業もとても楽しくて、見てくれたみんなも喜んでくれたのが嬉しかったです。


個人的に辛かったことと言えば、課題についてや学校についてよりも何よりも完全にホームシックです。今でもおうちが好きすぎて大変なくらいです。学生マンションといえど初めて家を出ての一人暮らしだったので、狭い部屋と自分以外の生活音がない閉鎖的な環境に何度も発狂しそうになり、夜中外に出て散歩したり走ったり、ストレス発散に夜のスーパーでスイーツを買い込んだりしていました。気持ちが参った時には何もしゃべらずただ母との通話を繋げていたり(海外行ってからもやります)、泣きまくってどうにかスッキリさせていました。


大阪校では関西出身の人が多く、私の勝手なイメージですがとても親しく話しかけてくれるし、意見を求めたら正直な答えをズバッと伝えてくれる人が多くてとても頼もしかったです。みんな違ってみんな良い、を肌で感じられる最初の環境でした。


今振り返ると、もう少し遊んだりご飯行ったりしても良かったよね…!とも思うのですが(片手でも余るくらいしか出かけていない)、当時は当時の精一杯をなんとかやっていました。一年間で撮ったスマホにあった写真は手元に全てプリントしてあって、今でも見返しています。

アメリカでの思い出を教えてください

ダンス科の公演にて。

こんなに何もかも目まぐるしい4年間はあるのだろうか?というくらい、環境も、心持ちも、役割も、大きく変化し続けていました。1年目の記憶としては、知らぬ土地、聞こえてくるのは異国語のみ、初めて見る大きすぎるキャンパスと多すぎる人に、圧倒されすぎて命からがら生き延びた年です。しんどすぎて具合悪さに拍車がかかりベッドから起き上がれなかった日もありました。それでも何とかしがみつき、1年の終わりごろには新たな選択肢が生まれて2年目から専攻を変えました。この1年間は演劇専攻で、そのクラス担当でもありアドバイザーでもあった先生が、内面的な意味で「You are beautiful」と言ってくれたのがとても優しくて響いて、救われました。


2年目はなんと、1年目が嘘だったかのようにスタートから順調で積極的で楽しかったです。1年を経て、頑張り方を変えられたのは大きかったかもしれません。どうしても周りに合わせよう追いつこう積極的にならなきゃ何か話さなきゃ、と無意識に自分に対して無限のプレッシャーを与え続けていたのに対して、自分はこういうタイプの人間、そういえばそもそも喋るほうじゃないよね?、まずは自分に集中することを覚えると、気を張りすぎることも少し減り、肩の荷が下り始めたのを感じました。


2年目から専攻をダンスに変えています。同じ表現でも、言葉を発するのと体を動かすのとでは全く違います。私には言葉を口にするよりも体を使って顔を使って表現することが心地よく、しっくりくると感じました。なによりも踊った後には手放しで前を向いて自信満々に歩ける、その感覚がとても良かったです。ダンス自体は中学生ころから趣味の範囲で踊っていた程度で、全く習ったこともなくほぽゼロからのスタートでした。最初は少しの自信のなさの吹っ切れなさであまり動けませんでしたが、だんだんと自分に集中してその瞬間を感じることを覚えると、なによりも自分に必要な表現方法であり向き合う手段だなと感じるようになりました。ダンスは生涯学習です。クラスはもちろん、毎学期末恒例のダンスコンサートのリハーサルがとても好きでした。みんなで一つの作品を試行錯誤しながら作り上げていく時間は本当に刺激になるし、大好きです。

副専攻は完全に小さいころからの趣味でもある、アートにしました。ドローイングのほかにも、デザイン基礎、立体作品を作るクラスも履修しました。今までアート作品は自分で作って満足して終わり、が殆どだったのが、クラス内でお互いの作品を鑑賞して意見交換する時間がたくさんありました。ここが好き、と言ってもらえて自信がついたり自分も気に入ってる部分だととても嬉しかったし、思いつかなかった視点に出会えたことはとても財産です。他の人の作品にもその人自身がとてもよく反映されていて、見ごたえしかなかったです。アートのクラスは全体的にゆったりと心地よい時間と空気が流れていて、とても好きな時間でした。

ダンス科の仲間たちと。

学業のほかには、大学で必須とされていたボランティア活動に、必要時間数関係なく積極的に参加しました。一番楽しくて充実していたのは、キリスト教に親しむ国際交流団体・Bridges主催のボランティアや交流イベントへの参加です。毎年年末年始にかけてホテルで行われる大きなカンファレンス・VISIONと、年に一度支援先を決めて行われるボランティア旅行がとっても楽しくてすごく良い経験になりました。VISIONでは、5日間にわたりいろいろな議題に対して参加者同士でたくさんの意見交換をしたり、イベントやゲームを楽しみました。この時に出会った友達とは今でもたまに連絡を取ります。そしてなんと、毎年オーディション制で参加者が決まるステージパフォーマンスに受かることもでき、大勢の人の前で踊れたのはすごく楽しかったです。

ボランティア旅行では1度目はテキサスへ向かいハリケーン被害にあった地域の再建のお手伝いをしました。壊れかけていて危ない家をバラしたり清掃をしたり、感じるものがとても多かった旅行です。2度目はシカゴへ向かい、グループホームや孤児院、障がい者支援施設などを訪問し、一緒に活動させてもらいました。人の温かさや強さ、様々な気持ちの伝え方をすごく学んだ旅行で、とってもパワーのある場所にも出会えました。もう一度参加したいです。

また、別の課外活動として2年目からは日本人学生会のメンバーになりました。主な活動内容としては、週に一度の交流ミーティングの企画開催、学内国際交流イベントへの参加、完全オリジナルの日本メインとしたJapan Nightの運営などでした。Japan Nightは他の国際イベントとは違い大学側が用意した催しではないので、内容から何から何まで完全に自分たちが主体となって企画しました。どんな体験ブースを置くか、ステージパフォーマンスは何をするか、食事は何を提供するかなど、自分たちの表現したい日本と、アメリカで馴染み深い日本とを擦り合わせながら考えたりと準備は山積みでしたが、絶対に成功させたい思いで取り組みました。結果、有料チケット制でありながら300人越えの来場者を向かえることができました(会場であるボールルーム内のテーブルが満席、立ち見が多数出るほど!)。来場者にとっても運営側にとっても良い時間と空間を作り出せたと思います。


専攻が芸術系というと、将来はプロの芸術家か?と聞かれることが多いです。4年間で学んだのは、芸術とは自分と人との対話、日常、人生であるということです。私にとって踊ることや絵を描くことが、そのときそのときの自分の気持ちや興味を映し出し表現し整頓する手段なので、生きていくうえでとても近くにあるものと言えます。抽象的なものだとなおさら言葉以上にパワーがあり、受け手によってさまざまな解釈がなされ、そこから対話が生まれます。自分との向き合い方、人との関わり方を学べます。芸術に親しんだ大学生活では、表立った表現者であること以上のものを学べたと思います。

学生時代の挫折や悩みの多くは、ホームシックと将来への漠然とした不安によるものでした。頭が勝手にぐるぐると考え出して止まらなくなり、ひとりでいるとなかなか抜け出せません。そうなってしまったとき、5分でも、1分でも誰かと顔を合わせて会話することで気持ちや重かった空気が少し軽くなります。友達に悩みをサラッと話してみると案外同じことを考えていたことが分かって共有できたり、なんでもない内容の会話だったとしても、声に出して話す行為そのものが心を軽くしてくれました。本当に気持ちがしんどくて話す気力がない時は、アパートのリビングなり学校のロビーなり、とりあえず自室以外の誰かのいる空間に居てみるのはすごくお勧めです。たまには回復の為に必要だけれど、人と会わずに籠りすぎてしまうのは良くないかもしれません。


大学を卒業してからは特に、挑戦したい意欲満々な自分と、頭も心もすぐキャパオーバーになる自分との闘いの連続です。本当に毎日がこれです。大きく数えて2度、気持ちが滅入りすぎて仕事に行けなくなったこともあります。高校時代の担任の先生から言ってもらった言葉で、”越えなくても良い、横切っても良い壁がある”というのがあります。いろいろな場面で、目の前の困難を絶対に乗り越えないと何もできないのか、はたまたただ乗り越える以外に選択肢があるのか考えるきっかけになっています。Aが難しいからまず手前のBならどうだろうか、その前に一度Cへ行ってみるのはどうか、Dへ戻って再考するのはどうか、など、枝分かれした可能性や別角度の視点を考えることができます。遠回りになるかもしれません。でも、自分にはこの方法が良いかもと思い日々実践しています。完璧主義がちな部分もあり全然うまくいかないと思う日の方が多いですが、自分のペースややり方を模索しながら生きております。

読者へのメッセージ

私が大切にしていることは、時間や季節の流れ、気持ちの移ろい、身の回りの人や環境の変化、人や物との出会いと別れなどに、じっくりゆっくりと目と気持ちを向けて生きることです。そのとき会いたいと思った人には会いに行く、お迎えしたいものは手に取る、応援したい寄り添いたい人へは声を届ける、伝えたい気持ちや考えは言葉にして伝えるなど、残さなくて良い悔いはできる限り拾っていくこと。大事にしたいものを大事にすることです。

これを読んで、NICそして海外大学に関心を持ったのであれば、興味のあることにはいろんな形で手を付けるとよいです。

調べてみる、話を聞いてみる、出向いてみる、体験してみるなど、実際の物事は脳内で完結してしまう想像とは違うことだらけなので、本当にやってみないと自分を納得させられません。やってみたら意外と好きだったり思ったよりも好きになれなかったり、いろいろなことが分かります。

不安要素や壁にぶち当たったら、誰かにひとこと話すことで糸口が見えることもあります。
具体的な解決策をすぐ導き出せるかは別の話ですが、まず気持ちと頭が軽くなって余白が生まれます。何もかもを全部ずっとひとりだけで抱えることは良策ではないです。あの時こうしていれば良かった、と思うのは今余裕があるか、視野が広がったか、どのみち成長した証です。

あの時の精一杯と今の精一杯はきっと違います。あの時頑張っていた自分は認めて、今の自分を今の物差しで振り返ると良いです。大したことはないですが、私の持てる知識経験と脳内ベースで良ければいつでもお話伺います。応援しております!

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