Interview

鈴木亜衣里さん

#3鈴木 亜衣里さん

プロダンサー

カリフォルニア州立ディアブロバレーカレッジ ダンス学科卒業
Diablo Valley College Associate of Arts in Dance
多摩大学付属聖ヶ丘高校出身
NIC 第13期生

What makes you so special?

最良のロールモデルを見つけて、
今の自分に出来る事をやること。

なりたい人、自分がやりたいことを
実現している人から学び、
やりたいことを情熱を持って日々継続するだけ。

プロのコンテンポラリーダンサーとして

私の活動は主にピラティスのインストラクターとしてのお仕事、ソロダンサーとしてプロジェクトベースのお仕事(ダンス作品発表・振り付け等)とプロのダンサーを目指す子供達のコンテンポラリーダンス講師としてのお仕事があります。

私は、振り付けに関しては踊りの媒体を問わないので、活動する幅は広いと思います。例えば、最近ではミュージックビデオや山形県のよさこいダンスグループの振り付けを担当したりなど。様々な角度からダンスと関わっています。

Reebok社の広告。左から三番目が鈴木 亜衣里さん。
モデルは全員30代以上、若さだけでなく内面や知性の大切さをアピールした広告。© Airi Suzuki 2016

NICとの出会い

私は、高校二年生の時にダンスを始めました。ダンスを始めた当初は、”ダンスは小さい時から始めていないといけない、とか、ダンサーとして暮らしていけるわけがない”という理由で母親がダンスを習わせてくれず、小さい頃から踊る事が好きだったのですが、高校生になって焼肉屋さんでのバイトをするようになって、自分でお月謝を稼げるようになってから教室に行くようになりました。

その中で、ダンスに対する情熱から、アメリカに行けば大学でダンスを勉強する事が出来、もっとダンスを勉強しやすい環境があるのではないかと思い、留学に興味を持つようになりました。その時、NICの説明会で頂いた当時3期生の依田さんが作成したビデオを見て留学というキラキラした世界に感動しました。


”Keep on dreaming!世界を見て自分の夢をみつけよう!”という言葉が確か入っていて、その言葉に感銘を受けて、ダンサーとしての夢に近づくために入学を決意しました。
Reebok社の広告。© Airi Suzuki 2016

努力し続けることの大切さを教えてくれた
アメリカ、個性を評価してくれたヨーロッパ

私は、カリフォルニア州立ディアブロバレーカレッジ卒業後、ニューヨークのペリダンスセンター (PeriDance Center)、リモーンダンスインスティチュート(Limon Dance Institute)でバレエとモダンダンスを中心に、2年間学びました。ディアブロバレーカレッジ時代に出会ったバレエの先生、クリスティー・ローガン教授は”ダンスは小さい時からしないといけない。上手くないといけない。”という私が持っていた固定観念を崩してくれました。彼女はただ熱心に私が踊ることを励ましてくれました。ニューヨーク移住後は、毎日レッスン三昧で1日中体を動かす日々でした。2年間のコース修了後にはペリダンスセンターからOPT(1年間アメリカ国内で働ける資格)を取得し、それにオーディションやダンスのプロジェクトが加わりもう2年間過ごしました。その後、芸術的趣向の変化からヨーロッパに移住しました。2009年からペリンヌ・ヴァリカンパニー(Perrine Valli Dance Company)に所属しパリと東京を中心にダンス活動をしながら、日本と海外の往復の日々をしばらく送っていました。

ニューヨークにいたとき、テクニック重視のアメリカのダンスに疑問を抱くようになり、ヨーロッパのアーティストの作品に感銘を受け、ニューヨークを離れてドイツに移住しました。これが私のダンスに対する思いをまた変えてくれたんです。アメリカとは違い、ヨーロッパのダンススタイルは技術の上手い下手を競うものばかりではなく、自分のカラーを出したものが非常に重要でした。技術中心主義の派手な演出よりも、ダンス作品を美術、音楽、コンセプトと総合的に構成するスタイルが私が納得出来るダンスのあり方だったのだと思います。

Reebok社の広告(左)。© Airi Suzuki 2016

念願の海外ツアー、そしてさらなる夢を追いかけて

不思議な話なんですが、30歳の時に、プロダンサーとしての念願の夢がシンガポールで叶ってしまった事を後になって気付いたのです。その夢とは”いつか海外ツアーで、自分の出演するダンス公演のポスターに自分の写真が掲載され、街中に貼り出されていて、それを見ながら「これ、私です。この公演のためにここに来ました。」と言う事”でした。なんとなく夢が叶い、達成感を味わう事が出来るかと思っていた期待とは裏腹に、とても切ない思いに襲われてしまって・・・自分では自身のダンスのレベルにまだまだ不満足なのに、実力が伴わずに夢が叶ってしまったことへの落胆からきたんだと思います。その経験から、自分自身がダンスを通して求めていたことは、名声や有名になるような表面的なことではなく、作品そのものやダンサーとしてのクオリティーをあげる事が大切だと気付きました。ダンス作品を通して表現したいものがあって、伝えたい事があって、ダンスはそれを形にするためのひとつのツールに過ぎないと思いました。それからは、意欲的に海外活動などの機会を通して社会性のある作品や心理的な意味に重点を置いた作品を発表してきました。もっとも最近では、オランダ人の慰安婦を題材にした書物”折られた花”からインスピレーションを受けた作品なども発表しています。

日本でダンスを教えることも夢のひとつです。私は、今はダンスが好きなので、この情熱が消えない限り、踊りと一生向き合っていきたいと思います。
不思議なもので、ダンスを続けようなんて思ってきたことがないんです。ただ好きだからダンスを続けているだけです。好きだから情熱があり、情熱があるから頑張れるのでしょう。同じ分野で素敵なロールモデルとなる先輩がいますが、10年、20年後に彼女達のようになるために今の自分がやるべき事はなんなのか考えながらコツコツとポイントを貯めるような感じで日々継続して行く事が大切だなと思います。やはり継続は力なりです。

実は今、お仕事とは別に、京都の芸大で4年生をしているところなんです。日本舞踊も勉強しています。今まで、海外でダンスに向き合ってきた期間が長かったこともあり、無知だった日本のダンスや伝統芸能を学んでいるところです。これも、私の夢のキャリア像に近づくステップに過ぎなくて、将来は、北欧でも学んでみたいと思っています。これからも色々な角度から学び続ける姿勢を忘れずに継続していけたらと思っています。ダンサーとしての夢に終わりはありません。

意欲的にダンスを越えた作品を世界中で発表。2013年1月7日付 THE STRAITS TIMES 紙面より