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#5出口 真苗さん

カリフォルニア州立シトラスカレッジ

音響工学科(2017年6月卒業)

Citrus College
Associate of Arts in Recording Technology
大阪薫英女学院高校出身
NIC大阪校 第2期生

DeguchiManae

Manaeさんの原動力は?

とりあえず、やってみること。
既存の価値観にとらわれないで!

ついに、正式なサウンドエンジニアに。

シトラスカレッジのサウンドテクノロジープログラムという1年のプログラムを正式に終了して最近、修了証を大学から頂いたところです。正式にレコーディング、ミキシング、サウンドエンジニアになりました。また、私の夢に一つ近づいたところです。このプログラムは、通称ブロックプログラムとも言われていて、1年間みっちり音響工学について勉強するコースです。参加するには、音楽理論、エンターテインメントヒストリーと 音楽工学等の3つの必須クラスの履修と、教授との面接、あと自作の曲の発表をクリアしなければなりません。毎学期70人〜80人の応募数の中、20人ぐらいだけが受かるプログラムで、とてもハードでやり甲斐があります。このプログラムの存在は、NIC大阪校時代に舘さんから教えてもらいました。

留学生は私一人で、クラスメイトの年齢も幅広く、私がその当時最年少で20歳、一番年上の方で50代の方もいました。John Boylanというグラミーを受賞したことのある現役の音楽プロデューサーの方に音楽ビジネスのクラスを教わったのですが、教科書が全くいらないんです。なぜなら先生が生きた教科書だから(笑)。彼のすべてから、教わることが多すぎるんです。あとは、ステイービーワンダーと友達の方とか、昔ジョン・ボン・ジョビのバックでドラムを叩いていた方など本当に凄い経歴の持ち主の方と一緒に学べる環境が普通にあるのがアメリカの教育の凄いところだと思います。授業の内容としては、ゲーム音の作成、ライブまたはクリティカルサウンド、音響学、音楽ビジネス、ミキシング、スタジオワークショップなど多岐にわたります。授業の課題では、例えば教授から渡された映像に、セリフ、効果音、バックミュージックなど全てを編集して合成させるグループプロジェクトなどがあります。私の場合、7分半のモンスターズインクという映画でした。一年を通して良い成績を保つのはとても難しいですが、2学期ではオールAを取得できました。

そんな私も高校3年生の1学期が終わるまでは、日本の大学にいくつもりでした。高校1年生の時にイギリスへ1ヶ月間留学をしてから、大学ではもう一度留学してみたいなと思っていました。でも、日本の大学で留学したいとなると語学系の学部ばかりで、英語で何かを勉強するのではなく、英語の勉強だけを4年間する大学しかありませんでした。その頃、すでに音楽にいつか携わりたいという夢があったので、音楽の専門学校にいくことも考えましたが、そうすると留学ができなくなるし、英語で音楽について学べる道はないかなと悩んでいた時に、NICに出会いました。実は、NIC以外の留学に関わる教育機関も見学したのですが、やはりどこもNICに比べ入学も勉強も正直、易しそうで。きつい勉強を乗り切ってちゃんと準備しないと海外での勉強に耐えられないと思ったので、NIC入学を決めました。またNICのキャンパスを見学した際に、先輩方ともお話しをする機会があり、先輩方のキラキラと将来について話す姿にも感銘を受けたことを覚えています。海外進学やNIC進学について当時の高校の先生に相談したところ前例がないので反対されましたが、今でも本当にこの道を選んで良かったと思っています。

自分の限界を超えられることを実感できたNIC

1学期はLADというクラスから始まり2学期からアカデミックのクラスも英語研修のクラスと同時に履修していましたが、スピーキングとリスニングが特に苦手だったので、最初の頃はノートテイキングにとても苦労しました。特にHumanitiesのクラスでは、教授のバーバラがめちゃめちゃ速く喋るので、それをひたすらノートするという。。ノートを読み返しても、言葉だけがある感じで、全く講義の内容が思い返せない状態でした。そういう時は、クラスメイトに”どういうところを聞いて、どうまとめるのか”徹底的に聞いて教えてもらっていました。また、課題として出されたビデオやソースは内容を理解するまで何度も聞き返したり、読み返したりしました。エッセイも最初は、言いたいことがあっても言葉としてそれを書くことに苦労しましたが、今アメリカに学生として学ぶにおいて本当にNICで勉強して良かったと思います。というのも準備をせずに直接留学している方は今になってとてもエッセイに苦労していて大変そうです。アメリカの大学のクラスで、私がA=100点ですよ!(笑) 今、思い返してもNIC時代の勉強が一番しんどかったです。NIC時代に悪い成績でもめげずに勉強したからこそ、今これだけ良い成績がアメリカの大学で取れてしまうんだと思います。

あとひとつ、NICで私が一番変われたことは、自分の限界を突破できたことです。NIC時代は、NICの勉強、レストランとライブハウスでのアルバイト、それから学生会の副会長もやっていて、本当に忙しい日々でした。NIC時代の大変な時期があったから今では、全然寝られるんです。自分で勝手に作ってしまっていた限界を、ひとつひとつ越えるごとに”結構、自分いけるかも!”と自信がつくようになりました。

とにかくやってみること。未来を勝手に決めつけない。

もともと中学2年生の13歳までは、母が看護師ということもあり、看護師になろうと思っていた私ですが、ある日、バンプオブチキンのライブを観て、”こんな世界があるのか!”と音楽の魅力にはまっていきました。今は、大学で出会ったJohn Boyran教授のおかげで、ミュージックテクノロジーだけでなく、音楽ビジネスに特に興味があります。将来は、日本のミュージシャンにアメリカでの演奏の機会を広げて、アメリカのミュージシャンにも日本でのライブやイベントの機会を広げられる会社を持つことが夢です。音楽のテクノロジーをしっかり理解をしていて英語も話せる人材というのはやはりまだ日本で少ないと思います。なので私が先頭に立って、どんどん世界の音楽の交流を広げていけたら良いなと思います。

”とりあえず、やってみる” こと。日本は学歴や年齢で人を判断する風習がまだ社会に根強く残っていると思います。アメリカには、高卒の60代の方が一生懸命大学に戻って私と勉強している風景が普通にあります。彼ら彼女らの勉強する姿勢や、彼の人生を尊敬し切磋琢磨する大学のみんなに、年齢なんて関係ないことを気付かされました。また、アメリカにくると様々な言葉、文化や人種が共存していて自分の価値観がいかに狭いか気付かされます。経験する前に勝手に決めつけたり、自分の可能性を諦めるのはもったいないです。If it’s still in your mind, it’s worth taking the risk!

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