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#4金山 七海さん

ネバダ州立大学リノ校

教育学部大学院修士号課程(特別教育学&英語教授法)(2017年8月卒業)

University of Nevada, Reno
M.Ed. in Special Education
(Generalist Endorsement: Mild Specific Learning Disabilities, Mild Emotional Disturbance, Mild IntellectualDisabilities), Integrated Elementary Teacher Program (IETP), and TESOL Graduate Certificate Program
立教大学出身
NIC東京校 第26期生

KanayamaNanamiさん

Nanamiさんの原動力は?

人生は短く、生きていること自体が奇跡だということ。

自分だけが住む狭い世界に居座らず、見えない未来や
終わった過去を悔やむのでもなく、自分の人生と向き合う覚悟を持つこと。
いつかは、家族のために周りの方々に貢献できればと思っています。

In-putとOut-put

現在、UNRの大学院でSpecial Educationを専攻しています。内容を簡単に説明すると、幼稚園から小学校低学年ぐらいまでの子供達を対象に、発達障害について勉強をする学部になります。大学時代は日本の大学で心理学について勉強していました。将来は、臨床士やセラピストになることを考えましたが、自分の精神力が患者さんを診れる程、十分なのかと不安に思うこともありました。その中で、たまたま大人になってから精神的また障害的な問題に直面されている方と話す機会があり、そういった問題は、実は幼少期の環境が大きいことに気づいたんです。
そういう経緯から大学院では、special needsが必要な子供達について勉強しようと思うようになりました。日本の大学でも、もちろん沢山のことを学べましたが、どちらかというと心理学の理論をただ学ぶだけで、基礎的で表面的な勉強でした。しかし、アメリカの大学院では学んだことを実践的に使って学べる機会や環境が沢山あり、in-putとout-putがしっかりできることが魅力だと思います。

例えば私のクラスメイトは教員であり、母親であり大学院生でもあるのですが、Special Educationを学びつつ仕事先の学校で、また家庭の中で学んだことをすぐに生かせることができます。大学院に行くまでは、自分が本当にSpecial Educationを勉強したいのか自信がなかったのですが、勉強するにつれ自分がやりたいことはこれなんだとはっきり見えたことがとても嬉しかったです。現在、大学院生でありながらティーチャーエイド(Teacher Aid)という仕事をしていて、健常者というか障害が無い子供達と一緒に学んでいる障害を持つ子供達5人くらいを、クラス内でサポートをしています。今年の秋に教育実習、その後に論文を提出して2017 年の秋学期か2018年の春学期に卒業予定です。

KanayamaNanamiさん

人は人、自分は自分。

NICに入学した時は、自分の年齢へのコンプレックスというか、高校を卒業したばかりの方たちと一緒に勉強できるのかなと不安でした。また、やはり自分へのプライドがあり、あまり他の学生と接していなかった時期もあり、オールAでNICを卒業することだけを考えていました。でも、NICの1年を修了して、そしてNIC生から逆に学んだことは年齢も英語の学力も全く関係無いことです。つまらないもので自分が勝手に人をジャッジしていることに気づかされました。入学前は、NICに行きたいと言うことを仲の良い友達にさえ打ち明けられませんでした。勝手に、日本人は日本の大学を卒業してそのまますぐに就職するべきだという人生のレールがあると思い込んでいて、周りの人がNICに入学したい自分をどうジャッジするか怖かったんだと思います。でも、NICで勉強をして”人は人、自分は自分!”と言い切れるようになりました。これは私の大きな進歩だと思います。

大学生時代に、1学期間だけミシガン州に交換留学した体験からもともと英語が好きで、海外に興味がありました。大学卒業後、自力でアメリカとイギリスの大学院を受験するも失敗。その時に”腹を据えて海外進学の準備をしなきゃ”と覚悟をしました。ではまず、何をしようと思った時に、人生で1回も英語で授業すら受けたことがないことに気づいたんです。海外進学という自分の夢へのステップを踏める場所を探していた時に、NICに出会いました。最初は、”なんだこの学校?”という感じでしたが、説明会を聞いているうちに”まずは、ここから始めよう!”と思うようになりました。

NICでの大変な勉強をこなすために私がまずしたことは、分からないことはすぐにクリアにすること。分からないことをそのままに、うやむやに宿題をするのは自分にも先生に対しても失礼なことだと思ったんです。授業中は、全てメモをとって、話もしっかり聞いて、課題は早めに取り組んで、異常なくらい取り組んでたとえ成績が悪くても、それは仕方ないですよね。NICは、こういう本気の勉強をさせてくれた場所でした。UNRの大学院に入学した当初は、自分に自信が全くなく、人の力を借りないと自分で何も決められない状態になっていました。また、成績をオールAで絶対に卒業すると自分で決めていたので、せっかく留学しても人とも会わない、話さない、勉強ずくめの日々になっていました。そんな中で”なんで念願の留学をしていて、アメリカにいるのに自分は幸せじゃないんだろう?”と思うようになりました。そんな時、バランスをとることがいかに人生において大事か知ることができました。それ以来、自分の英語力を言い訳にせず人に自分から挨拶したり、話しかけたり、仕事やボランティアなど勉強以外の自分の時間を作るようにしています。

KanayamaNanamiさん

人生は、生きているだけで奇跡。

アメリカのSpecial Educationには様々な問題まだ沢山あって、例えばこれは”障害個性論”と言われ、今でも社会的問題になっているのですが、障害は個性かどうかということです。障害は個性であるとしてSpecial Educationに携わっている方々も沢山いますが、私はそうは思いません。障害は個性であるというと簡単に障害について理解しているように聞こえる気がします。やはり、障害者の方は、健常者の方以上に本当に苦労しているし、障害は本人が選んだわけでもありません。障害は、あくまでニーズや特徴であり、それを個性ととると障害者が何を必要としているかへの理解が消えていくように思います。また、アメリカの多くの学校は、障害がある子供たちを障害が無い子供たちと一緒に勉強させることが平等という統合教育を当たり前にしています。そこからいい面もあるのですが、それによって障害を持った子供たちへの個人的なケアが十分行き届いていないことも事実です。

でも、アメリカで特別教育を勉強して素晴らしいと思ったことも沢山あって、例えば私はアメリカの教員免許をとる予定なのですが、日本人からすると外国で先生なんて無謀なことと思うでしょうが、これが可能なのがアメリカなんです。誰にでも頑張っている人には、チャンスを与えてくれるアメリカの環境は凄いと思います。また、私の教え子でダウン症を持つ3人の女の子を教えていた時の話ですが、教室の健常者の子供達の中には”あの子訳が分からない”と嫌がる子供もいるのですが、ほとんどの子供達が妹として可愛がるように仲良くしていたんです。そのとき、子供達と同じ目線で仕事をすることで子供達が秘めた無限大の可能性を感じますし、何よりも子供達から学ぶことが多いです。

アメリカは移民で成り立っている国なので、1つのクラスをとってもクラスメイト同士の人種が違い、もちろんその子供達の文化や言葉、考え方は全く違うものです。将来は、博士課程までいって多文化特別教育を勉強していきたいと思います。ヒスパニックやムズリム等のマイノリティーといわれる子供達の障害という特徴だけでなく、アメリカの人生に自信を持って幸せに暮らせる環境創りに取り組んでいこうと思います。今年の秋から教育実習として、Social Interaction Program (SIP)の責任者であるアリーン先生の下で、4~5年生の子供達の教壇に立つ予定です。アリーン先生は、特別教育の分野で私のロールモデルであり、憧れの先生でなのでとても光栄です。彼女ほど、人の人生に全力を注いでいる方は見たことがありません。いつか、彼女のように生徒を愛して、障害を持つ子供達のニーズをしっかり把握できる先生になれたらと思っています。

私が自分自身でいるために心がけていることは、人生は短く、生きていること自体が奇跡だということ。自分だけが住む狭い世界に居座らず、見えない未来や終わった過去を悔やむのでもなく、自分の人生と向き合う覚悟を持つこと。いつかは、家族のために周りの方々に貢献できればと思っています。

KanayamaNanamiさん

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