第29期生メッセージ集【大阪校編】

My Mission

My Mission

あの頃は起きられなかった。今思えばあれは2年前。私は人生で初めて大きな挫折をした。それは高校3年の丁度進路決定の時期、中国の大学進学を念頭に置き励んでいた矢先に、それは私の前に立ちはだかり牙を剥いた。

私には生まれた時から父親がおらず、母と二人で歩んできていたこともあり、進学前に何故自分に父がいないのかを知る為に、気を使い聞けなかった母でなく生まれてから一度も会ったことのない父にそれを確認しようとした。父に仲介人を通し会えるよう連絡を取ってもらった数日後、待ち侘びた返事が来た。返事はNOだった。理由にまだ成人していないからと書いてあったが、そんなのはどうでもよく、何より会えないことの衝撃は想像以上だった。子供が会いたいと言えば会ってくれるのが親だと思っていたし、18年間会うことを我慢してきた私にはこれ程の絶望は想定外だった。

風変わりの私は昔からいじめられるなんて日常茶飯事で、勉強も運動も出来なかった自分のモチベーションは、母の喜ぶ顔といつか会えると言われた父に会うことだけだった。子供ながら母を守りたいと始めた空手は12年続け、中学の部活動では部内でトップの成績を残し、高校で先生に推薦され生徒会長を務めた。
全ては目標の為だった。母子家庭や無い才能のせいにせず、全てを努力で補ってきた。そして特に何時もポジティブに笑顔を絶やさずに生きてきた。私が笑うことで周りの人が笑ってくれるからだった。そして私が積み上げてきたこの全ての物を掻っ攫って行ったのもまた目標だった。目の前が真っ暗になるなんて程の甘い事では無かった。突然進む方角を失くした私に、学校に行く気力なんて勿論無く、進学どころか卒業すら危ぶまれていた。そう、その時に初めて思ったのだ、もう起き上がったって意味がない。

結局海外進学は諦め、卒業に専念することになり、それを母、担任の先生、親友らが支えてくれ、やっとの思いでみんなから一ヶ月遅く卒業した。大学も地元の誰でも入れるような所に入学し、とりあえず安定を求めて過ごした。そして半年過ぎた頃に今の自分は何も変化が無くつまらない人間になると思い、再び昔のように一生懸命挑戦する日常に戻ることを決意した。志望していた学部でなかった大学を1年で辞めて、新しい道を探していた時に出会ったのが、正にNICだった。それからはすぐに入学する為に体制を移し、半年間掛け持ちのバイトと勉強を経て、2016年9月から無事心機一転し、念願の夢への一歩を踏み出した。

とは言ったものの、唯一避け続けてきた英語と向き合う日々は容易くはなく、ましてや遅く入学しその中でも私は一番英語に縁が無かった。自分の能力の低さにため息をつきながら過ごす毎日は、ただ孤独の闘いだった。そんな私も必死に授業に喰らい付き、今ではある程度自分の話したいことを伝えられるまでになった。
更にこれからは、より沢山英語に触れ、日本語のように話せるようになる。

最後に、この経験を生かせる生き方をする。そして自分の持っている言葉や表現など全てを使って、関わる人々に良い影響を与える人になる。その為に今全力で頑張る。夢に溢れて、眠れない。

PROFILE

Yoshihiro Motomura
愛知県・愛知県立名古屋西高校出身 名古屋学院大学中退